Dangerous Mind

Dangerous Mind

春が来て暇ができて、まず何をしたかというと、暴走族の動画を見たり、アマチュア格闘技の試合を見たり、闇金ウシジマ君をまとめ読みしたりしていた。ウシジマくんを読みながら、小中学時代の一部の同級生や、一部の先輩の事を思い出して、ああ、あの人、今何しているかなあと考えたりした。
そういう無駄な時間を脳が求めていた。
同級生で、今考えるとかなりハードな環境に生きている兄弟がいた。兄はなんだかんだで優しい奴だが、弟は凶暴だった。そいつらの、今にも朽ち果てそうな川沿いのメゾネットに、たまに遊びに行っていた。
ある日、彼らの母親に薬物の逮捕歴があり、今も執行猶予中である事がわかった。その事がこちらの家庭内では問題になった。
最初両親は、もうあの家には遊びに行くなと言った。自分は嫌だと言った。しばらく相談して、結論としては、遊びに行きたいなら今まで通り行け、となった。
当時の親の年齢に自分が近づくにつれ、その時の動揺や葛藤が理解できる。自分の子を、危険な環境から遠ざけたいという気持ち。でも、それと同時に、親は親であり、子は子である。親が捕まったからと言って、その子と付き合うなというのは、どうなのか。それはただの差別ではないのか。また、それを親から子へ強制してしまって良いものかという気持ち。
そうした葛藤を経つつ、最終的には後者が優先された。
最近になって、あの判断は正しい、正しくないではなく、一つの人生の方向付けみたいなものだったと悟った。
あの時、親が別の判断をして、自分も承服していたなら、きっと自分はその判断を、自分の中でそれなりに合理化しながら、別の人格へと育っていった事だろう。
ささいな一事件のようだが、線路の方向転換機のように、後々大きな影響を及ぼす判断であり、ある種のメッセージのようなものは今でも響いている。自分はそれを大切にしなくてはいけないと思う。
「ウシジマくん」は今最終章に入っていて、作者はこの物語をどう決着させるのだろう。現時点でウシジマはかなり追い込まれ、孤立していて、このままバッドエンドに向かいそうな雰囲気もある。結末次第で受け取られ方が変わってきそうな部分は幾つかある。ラストがどのように描かれるのか、誰が死んで誰が生き残るのか、それとも明確な結論は回避されるのか、話の終わらせ方がとても気になる。