Dangerous Mind

Dangerous Mind

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「まさしく、弁解の余地もない・・・」阿部は自分のハゲ面を床や机にこすりつける事によって、人々におかしみの混じった同情をもよおさせ、ギリギリのその場を切り抜けるというテクニックをマスターしているつもりだったので、心の中では楽勝だとナメきっていた。その日も四角い銀縁眼鏡の底辺に涙をため、赤紫の歯茎を食いしばるという、独自に開発したわりには紋切り型であると評判の「必死の形相」をキープしながら、神保町のオフィス「キタムラ」のコンクリートの床を舐めていたのだが、数秒後に鈍痛が頭頂部から背筋へと一直線に走ると、どうやら今回の現場は一筋縄ではいかないらしい、と初めて悟ったのだった。特殊業務であるとはいっても所詮サラリーマンである阿部にとって、それは大変暗い、厭な予感だった。そうすると誰が合図するでもなく、それまでほぼ真っ暗だったオフィスに明かりが点灯。正面には胸毛をエキスパンダーで挟んでそのまま体の前にキープしている巻き毛の巨人が六人。背後に甲冑の騎士が十人。自分の頭をブーツのかかとで踏んだのがそのうちの誰なのかはわからない。何となく、そうした方が良い気がしたので、足をどかされてもしばらく頭を上げなかったからだ。
「おそらく騎士の方は寄せ集めだ・・・」相手方の上役のそれまでの出方や、事務所の質素な感じから考えて,身の丈もてんでバラバラの甲冑の騎士たちは臨時で雇われたバイトであると考えられる。問題は前方の巨人6人で、巨人といってもせいぜい180〜190センチ程度なのだが、それでも昭和36年生まれの阿部にとっては紛う事なき巨人たちであり、なおかつ髪はオレンジ色で巻き毛であった。「よくぞ集めたもんだ。一体どこから・・それにしても・・・北村社長は狂っている!!」パチンコ台の回収とリサイクル業で財をなした北村社長は東北の出身で、阿部とは旧知の間柄ではあったが、北村は阿部に対して理不尽で威圧的な態度をとることがこれまでにもたびたびあった。そうした経緯に何か、「宇宙的」と表現しても良いような一ひねりが加えられることによって今回の危機的状況が成立したのではないかと阿部は考えていた。「一体、わたしが何をしたというんだ・・わたしは、ひょっとして今日ここで殺されてしまうのか」
何かの結論を出そうにも全ての状況が暫定的すぎて考えをどうまとめて良いのかもわからない。そもそも肝心の北村が一向に姿を見せない。電車が遅れているのだろうか。外は一面の雪景色で、オフィスの奥の暗闇に何か、大きめの鳥類のようなものがうごめいて見えたのが、阿部の気持ちをよりいっそう不安にさせた。